シリーズ・同時代Vol.2「混じりあうこと、消えること」 アフタートーク付き
Monday, June 30th, 20082008/6/28 13:00~ @新国立劇場小劇場 を観劇
作:前田司郎 演出:白井晃 という興味深いコラボレーション。これは、観るしかない!
舞台
夜の公園。街灯、ベンチ、ブランコ、シーソー、ジャングルジム、砂場、円錐形の白いトンネル滑り台。天井にホリゾント幕。水の底に沈んだ水底街。
登場人物
・母親らしき女性。(最初の人間) 南果歩
・母の肉を食べて人間になった元ピラニアの父親らしき男性 國村 隼
・何とでも交わってしまう息子らしき男性 橋爪 遼
・ ピラニア時代の父と、母の子供。半分ピラニアな娘らしき女性 初音映莉子
お話
葬式帰りの父親らしき男性が、トンネル滑り台に住み着いた母親・息子に呼びかけられて家族団らんを試みる。
紐につながれた娘は、半分ピラニアなので、歯を見せると噛まれちゃう。
食べることは、食べ物と混じりあうこと。生死や人間と動物が混じりあう世界。
誰の葬式帰りか思い出したくない父親に、気を使って、 トンネル滑り台の中(死後の世界)に探しにいっちゃう母親。それを追いかけて死後の世界に行っちゃう父親に、娘・息子は、トンネル滑り台の穴に砂かけ、埋葬し、水底街を出て行くことを決意する。
ラスト、トンネル滑り台に靴を残して消えていった父親は、穴とは別のところから靴を履きながら登場。舞台の最初と似たシーンを繰り広げる。デジャヴみたいなシーンだけど別時間であることを物語る。残された靴。
時間や物語の、境界も溶けてしまったような感覚を味合う。
不条理なんだけど、怖さやおどろおどろしさの少ない、ほんわか不条理。母親らしき女性役の南果歩さんが好演。
アフタートーク 約80分(公演と同じ時間くらい)
司会: 堀尾 正明 元NHKアナウンサー(元文学座研修生)
出演: 前田司郎 白井晃前田自身は、本作を20数稿書いていて、演出の白井には計5稿が渡されている。どこまで説明して、どこまで説明しないかのバランス調整作業があった。
前田は、観客の3割がわかればよい。白井は、4.5割の観客にわかってもらいたい。
白井:本に戸惑う役者とは、それぞれの役の背景を考えたこともあった。
前田演出と、白井演出の違い。息子が父親に声を荒げるシーンは、前田演出だとあそこまで強くならない。
前田の生理の中に、そういうものがないためだろう。
前田:考える手段としての演劇である。今回は、境界線ってそもそもないんじゃないの?という思考実験。
演劇が目的になってしまうとダメ。 でも、チヤホヤされたい自分もいる。不思議である。
司会者が、元文学座ということで劇の解釈を強く求めるも、そーいう前提ではないという前田のチグハグさが面白いアフタートークでした。
